ヨーロッパの優雅なお城の調度品であった古伊万里が、
運命の歯車により人為的に破壊され、
70年以上の年月を経て、
いま国境を越えた有志により美しい姿を取り戻そうとしています。

2019年、日本とオーストリアは外交樹立150周年という節目の年を迎えました。
本プロジェクトは、在京オーストリア大使館より日墺友好150周年事業の認定を受けました。
約一万点にのぼる陶片の学術的調査を行い、一部を日本へ里帰りさせ、
その成果を展覧会によって多くの方々にご覧いただくことを目指しています。
また、日本の優れた修復技術により、できる限り元の姿を蘇らせ、
展覧会という形で多くの方々にご覧いただくこと、
その後、現地に帰還させることを目標としております。
私どもは「陶片」を「平和」のシンボルと捉え、
一連の活動を通して150周年事業にふさわしい国際親善に貢献していきたいと思っております。
この機会にぜひ、多くの方に数奇な陶片の物語と出会っていただき、
「Revive 再生」という名の次章をご一緒に綴っていただくべく、
皆様のあたたかなご理解とご支援を何卒宜しくお願い申し上げる所存です。

ご挨拶

  • 保科眞智子プロジェクト代表

    古伊万里のロマンと悲劇

    ウィーンから北に60キロ、ロースドルフ城はまるで中世の絵画にみるような、美しくのどかな田園地帯に佇んでいました。周囲には一面のフェンネル畑が香り豊かに広がり、近隣は古くからワインの生産地としても有名で、初めて訪れたにも関わらずどこか懐かしい雰囲気を感じました。中央ヨーロッパの辺境の要塞として1000年の歴史を誇る可憐な古城に、300年前、日本の港から出航した古伊万里が、果たしてどのようにして辿り着いたのか。誰が、どんな思いで蒐集し、彼の地にてどのように受け入れられたのか。まるで小説のような壮大なストーリーに、ロマンは尽きません。
    第二次大戦の混乱期に、城にあった調度品はことごとく破壊されました。おびただしい数の陶片の存在をはじめて知った時、私はその無残な姿に言葉にならない哀しみを覚え、古城の醸しだす優雅ささえ切なく思えるほどでした。さらに、現地にて陶片を継ぎ合わせる作業中には、古伊万里の花瓶に銃弾が貫通した痕跡を見つけ、背筋が凍る思いがしました。美術品が人間のさまざまな感情や欲望を露わにすることに気づき、胸が熱くなった感覚はいまも忘れられません。城内の美術館を訪れる人は、陶片をとおして、戦争の愚かさと平和の尊さについて考えさせられます。陶片コレクションを守ってきた城主の静かな訴えを、私も確かに受け取った気がしました。

    プロジェクトの目指すところ

    城主のピアッティ伯爵家は、栄枯盛衰のハプスブルク王家の血族でもあり、城主一族の歴史と陶片の数奇な運命を紐とくことで、物語はさらに深まっていきます。近代ヨーロッパの王侯貴族を魅了した、世界最高峰の日本の焼き物。その中でも、門外不出だったロースドルフ城のコレクションを、元の美しい姿に蘇らせることで、輸出向けに作られた貴重な古伊万里を鑑賞することができます。陶片資料には古伊万里以外にも、中国の景徳鎮窯、ヨーロッパのマイ セン窯やウィーン工房(初期アウガルテン)などの多くの磁器が発見さ れ、東西の陶磁器が互いに影響しあった歴史を垣間見ることもできます。 19世紀後期のジャポニスムの時代より200年も前に、日本の古伊万里がヨーロッパの王侯貴族たちを熱狂させていた証です。
    また、人為的に破壊された陶片と出逢うことは、憎悪と暴力の結果を目の当たりにする体験となり、特に私のような、戦争を知らない世代には強烈なメッセージとなるでしょう。このようなことを二度と起こさないためにも、学術的な調査および修復をすすめ、国内外にて展覧会を開催し、多くの方にご覧いただくことで平和な未来へのアクションにしたいと考えています。
    古伊万里再生プロジェクトは、これらの実現を目指しています。皆様のあたたかなご支援を、どうぞ宜しくお願い致します。

  • 荒川正明研究・調査および展覧会監修

    ロースドルフ城の陶磁器

    オーストリア・ウィーン近郊の古城、ロースドルフ城所蔵の陶磁器の特徴は、その大多数が破壊を受け、破片として残されている点です。西洋では割れたやきものはあっさりと廃棄されてしまうのが慣例ですが、ロースドルフ城を所有するピアッティ伯爵家では大切に残し、城の一室に展示室のようにして、床に陶片を置いて保存してきたのでした。
    この多くの陶片のインスタレーションには、ピアッティ家の並々ならぬ想いが込められています。それは、ロースドルフ城の歴史を振り返ると、度重なる「破壊」と「略奪」に遭遇してきたことに起因します。15世紀前期のフス派戦争、17世紀の30年戦争、現在のピアッティ家がこの城を所有した1834年以降では、第二次世界大戦終了後、オーストリアが連合国4ヵ国により占領統治されていたため、このロースドルフ城を接収した旧ソビエト軍による破壊で、宮殿を飾っていた陶磁器群のほとんどが大破されてしまったのでした。
    ピアッティ伯爵は、この城を襲ってきたような悲劇が再び起こらないようにという願いを込めて、この悲劇の象徴のような陶片を、あえて公開展示してきたのです。
    このロースドルフ城の陶片ですが、その大半は東洋陶磁で、日本産と中国産の陶磁器が全体の7割~8割位を占めていると思われます。日本の「古伊万里」と呼ばれる磁器は17世紀後期から18世紀前期にかけての、いわゆる「金襴手」スタイルの華麗なうつわが主体を占めています。器種は壺類や大皿などで、装飾に活かされた金彩が当時のままの輝きを保っている点から、宮殿内の調度として装飾用に置かれていたと考えられます。
    また、一方で、明治時代初期のウィーン万博に向けて輸出された、明治有田の秀作も確認されています。
    さらに、中国産では清朝時代、17世紀後期~20世紀初期の「景徳鎮窯」の製品が多数所持されていました。康熙期(1662~1723)から乾隆期(1736~1796)の色絵磁器はとくに充実しています。
    他にも、各種の西洋陶磁が確認されています。とくに地元、ウィーンでつくられた磁器が多く、「アウガルテン」(ウィーン磁器工房)の前身、インペリアル ウィーン磁器工房の製品が確認される点が特筆されます。他にもドイツ「マイセン」やオランダ「デルフト」、さらにはデンマークの「ロイヤル・コペンハーゲン」、英国の「ウエッジウッド」、イタリア産の「ファイアンス」など、バラエティ豊かなやきものを所持していたのです。

    古伊万里-日本が生んだ珠玉の磁器

    わが国で「磁器」が誕生したのは江戸時代の初期で、それは今からおよそ400年前のことでした。豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)をきっかけに、朝鮮半島から多くの陶工が渡来しました。彼らは「陶石」を肥前・有田周辺で見つけ、「古伊万里」と呼ばれる磁器の生産が開始されたのです。
    17世紀初期には伝えられていた朝鮮系の技術体系に加えて、17世紀中期には中国系の技術が直接導入され、これによって伊万里磁器が、世界最高の品質を誇る高いレベルに到達したのでした。こうして、1650年代以降の有田は、すでに工場制手工業というべき大きな産業となり、広く海外を相手にするようなグローバルな活動を展開していったのです。
    17世紀末期から18世紀前期、西欧の王侯貴族たちは、その美意識に適った古伊万里の蒐集に取り憑かれ、ポースレン・キャビネット(磁器の間)と呼ばれる豪奢な部屋を構えていました。その著名なコレクションとして、ドイツのドレスデンにある、ザクセン公国アウグスト強王のコレクション、英国国王メリー二世の居城であったロンドン郊外のハンプトン・コート宮殿などがあります。

    ザクセン王国とピアッティ家

    ピアッティ伯爵家の伝承に拠ると、大変興味深い歴史が明らかになります。
    ピアッティ家は、イタリア・ベネチア共和国 の古い侯爵家で、7 年戦争(1754~1760)の時代からドイツ・ザクセンに定住し、ザクセン王国の宮廷、軍事、 民事の分野 で影響力のある地位を得るようになりました。また、一族の遠戚にはカルロ・ピアッティという陶磁器商人もおり、ザクセン王国にやきものを納品していたのです。ザクセン王国の首都であったドレスデンのアーカイブには、彼の陶磁器取引許可証(1769年)が残されています。この許可証の発行された時代より年代は一世代遡りますが、かのザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世(ポーランド王アウグスト2世:1670~1733)、いわゆるアウグスト強王は、当時世界最大の東洋陶磁器の蒐集家でした。
    現在の当主から四代前に当たる1834年、ピアッティ家はドレスデンから、オーストリア・ロースドルフに移り住みます。その折、アントン(Anton、1755~1836)と呼ばれる、ザクセン王国の第2代国王から、見事な「白磁壺」を下賜されました。それは、おそらく長期に渡るザクセン王国へのピアッティ家の忠誠に対する、国王からの恩賞だったのかもしれません。細かい作品の調査や分析は今後の課題ですが、「白磁壺」は18世紀中期から後期にかけてのマイセン窯の作と推定される逸品です。

  • 繭山浩司修復・復元

    陶磁器の修復は昔から行われている金継ぎ(割れた部分や欠損部分を漆で成型し金を施すことによる修復)がよく知られていますが、他に鑑賞しても修復箇所が分からない共直しという技法があります。しかし従来から一般に行われている共直しは表面での色合わせによるもので、修復箇所が広がり(オリジナルの部分も隠してしまうような修復)陶磁器の魅力を損ねるものでした。
    本プロジェクトで私が行う共直しの修復は、単なる表面での色合わせによるものではなく、陶磁器の素地から釉薬、上絵付けと制作行程を辿って修復するもので、陶磁器の持つ透明感や質感をも再現するものです。今回修復する古伊万里の多くは、白素地が美しく、染付とのコントラストが見事で、また金彩も使用感のない美しいものです。破壊されて損なわれた古伊万里の当初の美しさをこの修復技法により再現できればと思っております。
    また、今回は古伊万里が欧州に渡った歴史や戦争で壊された歴史などもふまえ、全ての破損陶磁器を完全に再生するものではなく、その魅了を伝えることができるレベルでの陶片の組み上げ、陶磁器の美しさと破壊された歴史の共存も試みようと思っております。目指す展覧会に向け、陶磁器文化の魅力とそれらが辿ってきた歴史をも伝えられるよう修復作業をすすめてまいります。なお、修復は日本で行うものが多くなりますが、2019年春には現地での修復活動も予定しております。
    2018年の秋、ロースドルフ城を初めて訪れたとき破損した陶片の圧倒的数とその種類の多さ、戦後70年以上もの長い間、当時のままの姿で残されていたことに驚きました。細かい陶片からではそれがどのような作品だったかは想像すら難しく、美術的、文化的、歴史的価値を見出だすこともできないでしょう。しかしこれらを組み上げ修復することにより数百年前の欧州でどのような陶磁器が蒐集され、また欧州の陶磁器文化に影響を与えたのかをより深く知ることができます。
    今回の修復が日本とオーストリアの陶磁器を通じた文化交流を知る機会となり、また現在の両国の文化交流の発展に寄与できることを願っております。また、本プロジェクトを通して、日本の陶磁器修復の技術を知っていただく機会になればと思っております。

古伊万里再生プロジェクト
概要・目的・プロジェクト内容

オーストリア・ロースドルフ城には、城主ピアッティ家に代々伝わる陶磁器コレクションが
第二次大戦で破壊され、破片となった姿のまま今も残されている。
17世紀後期以降にヨーロッパへ輸出された日本や中国の陶磁器がどのようにヨーロッパで受容され、
彼の地の陶磁器に影響を与えたかについて、城内の陶片資料をもとに学術的調査研究を行う。
また、それらの一部を修復・復元し、その成果を展覧会で発表する。
調査研究および展覧会を日墺両国にて実施することにより、両国の研究者、美術関係者・愛好家の交流、
若手研鑽の場を創造し日墺の更なる友好親善を促進する。

a───調査・研究 ロースドルフ城に残る陶磁器片総体を産地別(日本、中国、ヨーロッパ)、年代別(17世紀、18世紀、19世紀、20世紀)、器種別(皿、鉢、碗、壺など)に分類し、17世紀以降にヨーロッパに輸出された日本・伊万里や中国・景徳鎮の陶磁器の様相と、ヨーロッパ陶磁器への影響を調査・研究する。2019年春以降のロースドルフ城における現地調査及び修復には、オーストリアその他海外の学生・研究者を積極的に招聘して共同作業を行う。

b───修復 上記調査により、貴重な作品や修復・復元可能と思われるものを抽出し、部分的修復から完全復元まで、陶磁片の状況を鑑みて石粉や岩絵具などを用いて作業を施し、破壊される前の姿と魅力を蘇らせる。また、その作業過程は記録に残し、ホームページ上および展覧会で公開することで日本の優れた修復技術を国内外に広く紹介する。

c───展覧会 2020年秋に大倉集古館(東京都港区)にて展覧会を開催予定。ロースドルフ城に残された陶磁片、修復後の陶磁器の展示に加えて、解説パネルや動画を利用し、多角的に研究・修復の成果を提示する。また、ピアッティ家と陶磁器の歴史をたどることのできる展示も併設予定。その後、国内巡回展を検討中。2022年にはオーストリアでの凱旋展覧会開催予定。

陶片修復作業

ご協賛・ご支援のお願い

古伊万里再生プロジェクトでは運営にかかる費用などについて、
皆さまにご協賛・ご支援をお願いしております。
ご協賛・ご支援をいただいた方には金額に応じ、特典をご用意しております。
つきましては活動趣旨にご理解・ご賛同を賜り、暖かいご支援を賜りますようお願い申し上げます。

詳細は2019年2月以降にHPで発表させて頂きます。
coming soon

代表者

代表:保科眞智子
茶道家。茶の湯と日本文化の魅力を国内外に伝える茶蓮主宰。慶應義塾大学文学部人間関係学科卒業。学芸員資格。徳川美術館勤務。著書『英語DE茶の湯こんなとき、どうする?!』(淡交社、2018)。 世界科学館サミット2017(国立科学未来館)、ジャポニスム2018参加企画(フランス・パリ)はじめ、これまでに茶の湯ワークショップを延べ三千人の外国人に実施。三児の母であり、若い世代への日本文化継承にも積極的に取り組む。国際茶道文化協会会員。生家は旧大名家。会津藩祖保科正之公末裔。北白川宮能久親王玄孫。第16代徳川宗家当主家達公玄孫。

調査・研究・展覧会:荒川正明
日本美術史家。専門は日本陶磁史。学習院大学大学院人文科学専攻修士課程修了。出光美術館主任学芸員を経て、2008年より学習院大学文学部哲学科教授。著書に『日本やきもの史』(美術出版社、1998、共著)、『板谷波山の生涯』(河出書房新社、2001)、『唐津やきものルネサンス』(新潮社、2004、共著)、『やきものの見方』(角川書店、2004)、『日本美術全集10 黄金とわび』(小学館、2013、責任編集)などがある。役職 日本陶磁協会理事、板谷波山記念会理事、今右衛門美術館理事 他。

修復・復元:繭山浩司・繭山さとみ・繭山悠
美術古陶磁復元師。現在までに中国、韓国、日本、西洋の五千点を超える陶磁器の修復を完了し、修復した陶磁器は、日本各地の美術館および国内外のコレクターに所蔵されている。2010年茨城県筑西市アルテリオおよび2013年泉屋博古館分館にて板谷波山作品の復元、修復に関する講演を行う。2015年には佐賀県立九州陶磁文化館所蔵の鍋島色絵芙蓉文大皿の修復を完成させ、2016年の特別企画展「日本磁器誕生」での特別記念講演など発表も多数。2015年、公益財団法人日本文化藝術財団「第7回 創造する伝統賞」を受賞。

問い合わせ先

オーストリア・ロースドルフ城
古伊万里再生プロジェクト事務局
〒171-8588 東京都豊島区目白 1-5-1
学習院大学 文学部哲学科 荒川正明教授研究室内
e-mail:contact@reviving-old-imari.com
http://www.reviving-old-imari.com

一般社団法人古伊万里再生プロジェクト・定款 [PDF]